人権・家族
選択的夫婦別姓
選択的夫婦別姓を導入すべきか
関係者の立場
改姓したくない人・女性 関与: 強
立場: 婚姻のために改姓を強いられずに結婚したいと望む / 関心: アイデンティティ、キャリアの継続、男女平等
経団連・経済界 関与: 強
立場: 選択的別氏の導入に賛成。通称使用はコストが高く法的に限界がある / 関心: 人材、事務コスト、海外業務
自民党保守派 関与: 強
立場: 民法改正より旧姓の通称使用拡大を選好する / 関心: 家族の一体性、子の氏、伝統
野党(立憲・国民) 関与: 中
立場: 選択的別氏の民法改正案を提出した / 関心: 個人の尊厳、男女平等
裁判所 関与: 中
立場: 750条を合憲としつつ、制度設計は国会に委ねた / 関心: 違憲審査、権力分立
日弁連 関与: 中
立場: 通称の法制化ではなく、選択的別姓の速やかな導入を求める / 関心: 権利、尊厳
歴史的背景
民法750条は、夫婦が婚姻時に夫または妻のいずれか一方の氏に統一することを求める。1947年施行の戦後民法は「家」制度を廃止したが、夫婦同氏の原則は残した。法制審議会は1996年の改正要綱で選択的夫婦別氏制度の導入を提言し、法務省は1996年と2010年に改正法案を準備したが、意見の対立からいずれも国会提出に至らなかった。最高裁大法廷は2015年、そして2021年(11対4)にも民法750条を合憲としたが、選択的夫婦別氏制度を採るかは国会が判断すべき事柄だと強調した。2025年の国会では複数の野党案が審議されたが継続審議となった。
経済的分析
実務上の負担は著しく性別に偏る:2024年に婚姻した夫婦の94.1%が夫の姓を選んだ。職場での旧姓の「通称使用」は広く普及し、経団連の2024年調査では91%の企業が認めるが、女性役員の88%は、通称使用が可能でも戸籍姓の変更で何らかの不便・不利益が生じると答えた。通称は法律上の姓ではないためである:企業は税・社会保険手続で戸籍姓との二重管理・照合コストを負い、本人は説明負担を負い、海外では公的IDと名簿名が食い違う。2022年時点で銀行の約7割が通称口座に対応していた。経団連は、通称使用の拡大だけではこれらの問題は解決できないとする。
法的枠組み
民法750条(夫婦同氏)と戸籍法74条1号(婚姻届に夫婦が称する氏を記載)が相まって、婚姻成立の段階で夫婦同氏を要求する――氏の記載のない婚姻届は受理されない。2015年の大法廷は750条が憲法13条・14条・24条に違反しないとし、2021年の大法廷も750条と戸籍法74条1号を24条に照らして合憲とした(4裁判官が違憲意見)。いずれも政策選択は国会に委ねた。1996年の法制審議会要綱が、いまも改正法案の下敷きとなっている。
倫理的考察
賛成側:氏名は個人のアイデンティティの一部であり、一方に放棄を強いる制度は尊厳に関わる。改姓者の約94%が女性である以上、男女平等の問題でもある。「選択的」制度は同氏を望む夫婦が同氏を選び続けられるため、同氏家族を否定せずに婚姻の障壁だけを取り除く。反対側:最高裁は、共有の氏に家族の呼称として対外的に識別する意義と、子が両親と同じ氏を称する利益を認めた。保守派は家族の一体性と子の氏の問題を重視し、通称使用の拡大を選好する。価値の対立は、アイデンティティ・平等 対 家族の一体性・伝統である。
国際比較
法務省は、把握する限り、婚姻時に夫婦のいずれかの氏を必ず選ばせる制度を採るのは日本だけだとする。ドイツ:婚姻だけで氏は自動的に変わらず、希望すれば各自の氏を保持でき、2025年5月からは双方を組み合わせた複合姓も選べる。フランス:配偶者の氏(または組み合わせ)を「通用名」として使えるが、法律上の出生姓は変わらない。韓国:夫婦は原則として別姓を保持する。米国:規則は州ごとに異なる(例:ニューヨーク州は保持・変更・結合のいずれも認める)。
エビデンスの要約
証拠:1)改姓の負担は著しく性別に偏る(2024年は94.1%が夫の姓)。2)通称使用は一般的(企業の91%)だが法的に限界がある(女性役員の88%がなお不利益を報告)。3)世論は質問設計に大きく左右される――内閣府2021年調査は導入賛成28.9%/通称法制化42.2%/現状維持27.0%だが、文言の異なる2024〜25年の報道調査では導入賛成が多数(例:FNN2024で66.6%)。支持は年齢差が大きい(若年層ほど賛成)。4)裁判所は法を合憲としつつ導入を国会に委ねたが、国会は1996年要綱以降動いていない。
各立場の論理的評価
立場1:「選択的夫婦別氏制度を導入せよ」(改革派・経団連・日弁連)
論理形式:アイデンティティ+平等+(選択を残す)自由の論
妥当性:強い――選択制は同氏夫婦に何も強制しない
健全性:子の氏と戸籍の制度設計をなお詰める必要がある
立場2:「同氏を維持し、旧姓の通称使用を拡大せよ」(保守派・維新)
論理形式:家族の一体性+漸進主義の論
妥当性:筋は通るが、通称は法律上の氏でないため不便は残る
限界:通称使用の拡大自体が、異なる名を使う場面を増やす
立場3:「裁判所ではなく国会が決めるべきだ」(裁判所の立場)
論理形式:権力分立の論
妥当性:制度的な適格性の点で強い
含意:約30年の国会の不作為は、立法不作為の懸念を生む
推奨アプローチ
証拠に基づく推奨アプローチ:
1. 「選択的」な別氏制度を採り、同氏夫婦には影響を与えず、婚姻の障壁だけを取り除く
2. 最大の未決点である子の氏のルールを先に定める(例:婚姻時に決定し、きょうだいで統一)
3. 1996年要綱に沿い、夫婦を同一戸籍に保って行政上の整合性を維持する
4. 旧姓の通称使用の拡大は代替ではなく補完と位置づける――法律上の氏の問題(銀行・海外・税・社会保険)は解決できない
5. 世論は設計込みで読む:賛否は質問文で反転するため文言を併記し、強い年齢差を加味する
6. 無期限の先送りではなく、長く保留された1996年の下敷きに沿って国会が動く
理由:裁判所はこれを国会に委ねた。選択制は他者への負担を最小にして選択を最大化し、本質的な未決点は子の氏の設計であって、アイデンティティ上の負担が実在するか否かではない。